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2014-04-29 (Tue) 08:50

家庭教師やってて感じること。物事の理解度は5段階?

塾講師や家庭教師やっててよく思うことです。
幸福の科学とは関係あるのかないのか・・・・・・

単純に感じてる雑感でしかないのですが、
人が物事を理解していることの深さは5段階だと思うのです。
その5段階とは・・・・・

段階1:ルビなしですらすら読める
段階2:ヒントがあれば見ずに書くことができる
段階3:人に教えられる
段階4:腑に落ちる
段階5:何かを創り出す

です。
これだけじゃ意味不明だと思うので解説します。

段階1:ルビなしですらすら読める
「すらすら読めないものは理解してない。
理解できるようになるにはまずすらすら読めるようになれ。」
これは、進学校であった高校の先生がおっしゃっていたことでした。

教科書には初出の語にほぼルビが振ってあります。
これは国語だけでなく全教科です。
読もうとすれば読むことができるはずのものということです。
けれど、わからない子は声に出してすらすら読めません。
つっかえつっかえになります。

実は、意味の分かってない言葉は、
たとえ、それが「ひらがな」で書いてあっても
読み方がわからないものなんです。

どういうことかというと、
他の語と合わせた文という形で声に出す時に
どのようなリズム・イントネーションで出すのかが分からない、
ということです。
大人でも聞きなれない言葉ってつっかえますよね?

この段階をクリアしてない子に
いくら優秀な問題集を与えても無駄です。
そこに書いてある問題が読めません(笑)
逆に、その語をすらすら読めるようになれば理解の第一歩クリアです。
少なくとも教科書に書かれてる文脈では理解できたということです。

私が通っていた進学校では、
「予習としてこれからやるところを読んでくるのは最低限」
でした。つまり、授業までに段階1はクリアしろということでした。

段階2:ヒントがあれば見ずに書くことができる
要するにテストで点が取れるレベルです。
学んだことの本質がわかってなくても
書くことができれば点は取れます。
教科書や参考書は物事の本質がある程度書いてありますが、
文字としては書いてありません。
本質は行間を読み解かないとわからないのですが、
これはまた次の段階となるでしょう。

学校で出されるテストはどこまで理解しているか見るものですが、
教科書や参考書、問題集の表現からは大きくはみ出ていません。
重要語句とその周りの文を穴埋めで書けたらこの段階は達成です。
理科や社会といった暗記科目はこれで満点取れます。

本当は、この段階は学校の先生が言っていたことを良く聞き、
板書してあることを復習するだけで到達できるはずの所です。
宿題というのは、その日にやった内容を
復習させるためのものですが、
できてない子は授業聞いてません。宿題しません。
よって、復習してません。したがって、理解せずに忘れます。

勉強してない子を何とかしてほしい系の家庭教師では
この段階2まで至らせることができれば次第点で、
志望校(実は親が入れたい校)にぎりぎり入れられる・・かな?

段階3:人に教えられる
ここからが若干実用段階に入ってくると思います。
家庭教師や塾講師はこの段階で十分いけたり。
教科書などに書いてある内容を自分の言葉で表せる段階です。

たとえば、
「織田信長の家臣豊臣秀吉は、明智光秀を山崎の合戦で破り、
信長の後継者として天下統一に着手した。」
(理解しやすい日本史B 187P ISBN:9784578241232)
と、参考書には載ってますが、
人に教えるときにこのまま言いませんよね?

参考書の文面見ながらだと、こう話しません?
「織田信長の家来に豊臣秀吉っていたよね、
次のページのこの絵のやつだけど、
信長を殺した明智光秀を倒したのね、
それが山崎の戦い。
それで、秀吉が信長の跡継ぎとばかりに
天下統一しようとするわけ。」

堅苦しい教科書の言葉をわかりやすい表現に改めて、
前後の出来事や文脈を理解したうえでまとめ直し、
相手の理解度を見ながら図表も活用して印象に留めさせる。

これができるのが段階3だと思います。
中学・高校生でこれができる子はほぼ成績上位でしょう。
得意科目に限ってならできる子もいると思います。
ここまで来て、やっと理解できたという感触があると思います。

しかし、ここまで来ても教科書、参考書の枠から出ていません。
行間が読めて把握できたということです。
つまり、教科書で事足りる内容なんです。
この先からが大変なんだと思います。

段階4:腑に落ちる
自分でもどう表現したら良いかわからないですが、
一番しっくりくるのが「腑に落ちる」という表現でした。

段階3までは普通の教科書に書いてあるような
一つの視点だけで十分だと思います。

けれど、興味のあること、好きなことって
教科書に書いてあるだけでは物足りないですよね?
教科書、参考書以外のものに目を通すようになるでしょう。
雑誌、一般書、学術書の類です。
個人サイト(ブログ)や原著なんかも視野に入ってきます。
つまり、視点が複数になります。

ここから正解というものがなくなってきます。
間違いにも気づきにくくなってきます。
落とし穴にもはまるようになります。

この段階になって、
この物事は本当はどういうことなのか?
教科書に書いてあったことも本当に正しいのか?
結局こうなんだろう。
と、自分で考えるようになってくるんだと思います。

ある意味、適当などこかで考えるのをやめたら
そこが落とし穴というくらいデンジャラスな領域だと思います。
ここばかりは本当に納得できるまで、腑に落ちるまで、
いろんな意見を見聞きして判断しなければならないだろうと思います。
その判断が確信に変わるまでは何年もかかる地道なものでしょう。

多分、自分もここに到達してるとは思えません。
ある意味、理想の一種かもしれません。

幸福の科学の信者はある意味、
ここに到達しようとして落とし穴に落ちた人々ではないでしょうか。
落とし穴に落ちたことに気付かない人、
気づいたけど穴から這い出す勇気のない人、
そこが心地よい人、
彼らが今も教団に残っている人々なのではないかと。

逆に、落とし穴から脱出した、
または脱出しようとしてもがいているのがアンチなのかなと。

段階5:何かを創り出す
私はたぶん到達したことのない領域です。
経験的に多分あるだろうと考えます。

業界の大きさに関係なく、
最先端で戦ってる方々がここに到達してるんじゃないかと思います。
物事のど真ん中をとらえ、そこにある問題にも気づき、
果敢に挑戦してる方々。

もしかしたら、研究や製品開発の最先端だけではなく、
身近な問題や諍いを収めて解決することができる普通の人。
それも段階5なのかもしれない。

書いてみたら2時間かかってしまいました(汗)

今、ここに書いた文章が誰かの役に立ち、
誰かの飯の種か悩みの解決になったらなば、
ここに書いたことは段階5になるかもしれないような、ないような・・・・・
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2014-04-24 (Thu) 09:08

理系の常識と似非科学のはなし

2chの論議やなんだで感じたんですが、
ガチ理系とそれ以外ってあまり話合わないと思いました。
別に理系以外をディスってるつもりではないんだけど、
なにかが違うということを感じました。

自分の専門は正確に言うと身バレしかねないので
物性とか数学とかに近い分野であるとだけ言っておきます。
それ以外の理系分野(生物・化学・地学系など)はわかりません。
それでも、同じ理系であればある程度議論できるんです。

それが文系というか、専門を究めようと努めなかった人達とは
なんか話がかみ合いません。

その理由が何なのか考えていると、
理系とその他では持っている常識が
違ってるのではと思い至りました。

思いつく限りの理系の常識(多分)を挙げてみます。
これらは不文律であり学びながら感覚的につかむことです。

1.穴の無い完璧な結論は無い
2.再現性が少なくとも80%以上でない現象は偶然
3.言葉の意味と定義には気を使って正確に使うべし
4.話の間を理由もなく飛ばしてはならない
5.得られた点と点の間に理由もなく線を引くな
6.うまくいきすぎたら疑え
7.金と時間と資源は有限、無駄にするな
8.事象は頭の中ではなく目の前で起きている
9.議論には必ず前提がある
10.先例がないものはほとんどない
11.関係ないものを他所から持ってくるな
12.予想と違うデータが出ることは当たり前

多分考えたら無限に出てくるのでこの辺にしときます。
以上はあくまで私の主観です。自分にとっては常識です。

いろいろと突っ込みはあるかと思いますが、
これらを意識すると科学と似非科学を見比べやすいと思います。
良ければ参考にしてみてください。

世の中、似非科学の方が圧倒的にはびこってるんですよね。
テレビに出てる学者は半分以上似非だと思っていいかも。
ネットで検索して上位に出てくる専門家もだいたい怪しい。

本当の専門家って自分の専門だけで忙しすぎて
メディアに露出するとか、ブログ、Webページに力入れるとか、
詳しい本を書くとかってほとんどできないんですよね~。
世間に注目されたらマスコミが勝手に取り上げてくれます。
それまでは全くもって人々の目に触れなかったりします。

大学の多くの研究室のWebページを見てみるとよくわかりますが
ちょっと詳しい学生ががんばって作った程度のページがほとんどです。
私も大学の研究室のWebページとか頼まれて作ったよ。

こういうわけで、一般の人が真っ当な科学にたどり着くまでには
数多の似非科学を見極めなくちゃならないです。

いや、本当の専門家も広報がんばっているんだけどね。
彼らがちゃんとした専門書を書こうとすると内容の量も質も
ものすごくなるんよね。時間もかかるし。で、とっつきにくくなる。

金儲けや目先の称賛を目的としてる似非の方が
簡単に何とでも言えるから時間かけずにパッとやって
世間受けしやすくてとっつきやすさを持っている。

そして騙される人が大半である。
自分も含めてね。困ったジレンマです。
2014-04-22 (Tue) 13:10

矛盾する・実現不能なことを要求するうちの親

親の言うことがいつも矛盾する、
実現不能であることにいつも悩まされてきました。

その1
親「あ~片付いてない!!片付けなさい」
  ↓
使いやすいように整頓する、
使用頻度の低いものを奥にしまう。
  ↓
親「しまいこんだら片付けたと思って!」

一般的に片付けるって、
整頓して使わないものをしまう行為では?
え~っと、親の片づけの定義って何すか?

その2
親「下着を持ってきて」
  ↓
持ってくる
  ↓
親「コレお気に入りじゃないの知ってるでしょ!」

いくら親でもお気に入りの下着なんて把握してるかボケ!

その3
親「どこでもいいけど私立大学と遠いのは無理だからね」

どこでもいいとその後ろがものすごく矛盾してます。
それに合致する大学は国立2校しかありません。

これをダブルバインドとかいうんだろうね。
当人らは矛盾に気づかないから困るんです。

何やっても怒られるか悪口言われるかだし。
言うとおりにやったらやって当たり前だしね。
抑圧されて思い出せないものもたくさんあるんだろうな。

そして、親に何か言われるのが怖くて
親の様子見ながら趣味もどきやってたわ。
それはたぶん本当の趣味ではなかった。

今、暇な時間に何をしたいのかわからなくなる。
何につけてもこれが好きってものが無い。

何か始めてみようと思っても、
脳みその中に棲みついてる親が
全て否定してくるから長続きしない。

こうしてる間にも、
「人のせいにするな!」という
全て子供のせいにする親の声が脳内にこだまする。
2014-04-18 (Fri) 13:39

小保方、笹井会見についてここだけのはなし

リバティ編集局は小保方、笹井会見で
司会に当てられるためにかなりの人数を入れたらしいよ。

注目されてる会見だからもともと大勢の記者が入っていて
皆が質問権の獲得に苦慮してたらしいんだ。もはや運。
もともと人数多い新聞社やテレビ局は何とかなったらしいけど、
週刊誌関連の記者は質問権獲得でほぼ全滅したそうです。

たまたまリバティ関係者の近くに座ってしまった
日○サ○○ンスの記者とか不憫なことになったらしいとか。

そんでもって会場の記者たちにも例の号外配ったらしく、
皆さんに笑撃を与えていたそうな。

大川の意気込みがどれだけだかよくわかる話だけど、
ほかのまっとうなマスコミの方々にとっては迷惑な話だよね。
2014-04-17 (Thu) 14:55

【2ch】転載:人生・時間・お金・自我を返せ!

★★『幸福の科学』統合スレッドpart745★★ より転載。

476 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2014/04/14(月) 16:10:01.20 ID:838QtC6R [1/3]
ノストラ時期に会員になって、世紀末の危機が日本を襲うと信じてきた。

その時に死んでも困らないように生きようと思い会員になり
心をきれいにたもち、学生時には 少ないお小遣いを活動費にあて
社会人になってからも 給与の一部を 活動費に当ててきた

学生時に会員になると、失う物は大きい。
一般人が 普通の自分のために使うお金がみんな活動費に消えてしまう
趣味やおしゃれのためのお金の余裕などなく
活動費と 全く無意味な法友を大事にし、出来たのは中身が空っぽな自分だけ

会員前に作ってきた自分の部分も、世紀末が近づくにつれて
地震災害等が来た時には 全く無意味になると信じ
すべて捨ててしまった。

「この世の物ははかなく、あの世に持っていけるものこそが大事なんだ」と
信じてきたからだ

477 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2014/04/14(月) 16:24:55.46 ID:838QtC6R [2/3]
世紀末の危機は 自分には来なかった。
世紀末後の活動で来たのは 新しい時代への法話、植福の数々。

仏弟子たちは 新時代を創る使命があるんだと信じ
それでも無理な活動は続けてきた。
この世の成功も目指し、社会に出てみたものの、

幸福で教わった 人のよさは、他人に利用され
教団内の活動会員にも 利用されるだけで
気付いた時には 中身なぞ全くない ぼろぼろの自分がいただけ

相当のお金持ちの会員でもなく、信者をしながら成功できる人なんか
本当にいるのか?
一般人は 教団の教えでは間違っているような事でも ポリシーを持ち
趣味も持ち、自我を固めて生きている
その作ってきた個性が、社会に出た時に力となり自信となり強くいられる元になるのが
会員になり 自我を取っていった結果、自分のことを考えることもなく生きてしまった
自己犠牲の人生

478 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2014/04/14(月) 16:25:27.72 ID:838QtC6R [3/3]
ヤングブッダで ポリシーを持とうという特集もあったけど
総裁の考えが正しいという中で学べば 総裁の価値観がすべてになり
自分のポリシーなど二の次。 総裁の発言が自分のポリシーにすりかわる
結局出来るのは 同じポリシーを持った物同士の集まり
それでも活動しながら、独自の趣味を持ち 個性を発揮しながら大人になれる人もいるんだろうが、
家はそれほど裕福でもなく、貧乏だったからそんな余裕なんかなかった

一般人が 300万、自分のために使う金額が、全て活動で消えていった
自分で出したのだから、仕方ないけど
人生、時間、お金を返して欲しい。 自我を返してほしい
失ったこの世的な物も返してほしい

ここで学んだ事は、この世的には無価値なものばかりだった
こういう人が増えない事を祈るばかり

プロフィール

Author:ルジェ
幸福の科学の元二世信者。
2005年頃にファルコン告発、
関谷告発を読んで退会。

2ch『幸福の科学』統合スレハンネ
観自在になりたい凡人
初期トリップ:◆eVvwryoaWrQr
2番目トリップ:◆WP3fRcZ/7vgl
最新トリップ:◆FR79JzHC1w
したらば ◆m/n8MbibXR6d

はまりやすく飽きっぽい性格で、
更新と放置がまちまち。

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